三行日記の思い出

意思の疎通とか、会話とか、アイコンタクトとか、つまりコミュニケーションが自分なりにうまくいっていると思うとき、僕は一生懸命に喋ったり、メールしたり、手紙書いたりしていない。

言葉数が少なくても、これぐらいでいいかと思う瞬間があり、それを越してしまうと後味が悪くなる。

だから、職場においても僕はあんまり大事な説明をしない。

どうしてか理由はない。

ただ、この世の中は説明が多すぎると僕が感じるだけである。

説明責任という言葉が大嫌いなのである。

昔、中西先生という怖い先生がいて、連絡帳で三行交換日記というのをしていて、僕はマメに書いていたんだけど、中西先生の返事は、いつも一言だった。

「知らんわ」とか、「そうか」とか、「長い」とか。

それでも13歳の僕は先生には伝わっていると思い毎日、だらだらと三行日記を書いていた。

今もその日記は大事に持っている。

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この記事を書いた人

三重県生まれ。現在は給食調理員をしながら両親と3人で暮らしています。趣味の読書と音楽鑑賞に加えて、自分でも様々なものを書いています。

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