いつも一人で遠くの空を眺めるように

ブログの文章についてだけど、これは誰の為に書かれているのか考えている。

前から考えていたんだけど、ブログは自分が楽しめなかったらやめようと思っていて、もうずっと楽しめていないから、やめなきゃいけないんだけど、どうやらやめられない。

それは誰かが読んでくれているからとか生温かい気持ちじゃなくて、誰も読んでくれていなくても、小説は12年間も書き続けているわけだから、読者に向けて書かれている文章ではない。

にもかかわらずブログの文章が楽しめないのは、誰に向けられた文章でもないのにもかかわらず、誰かが読んでいる可能性があるから、書けないことが多いからで、そういう書けないことに対するストレスがたまるからだ。

だったらストレートな表現ではない方法で思いの丈を伝達できたらと思い書いていくしかない。

そもそも具体的な事柄があるのか?

そう考えると、やはり小説という語りが大切なことなのかがわかる。

普段、本を読んでいて、作者はどうしてこんなことがわかるんだろう?

そう考えているうちに世界に溶け込んでしまう。

僕の思っていることをこの人はどうして知っているんだろうって。

それがたぶん書いている人、読んでいる人がお互いに小説というイレモノにどっぷり浸かることであり、僕は20歳の頃からずーっと、そういう時間感で育ってきたわけだから、そういう風にどこにも寄りかからない口調で書いていけばいいのに、それがなかなかできなくて、黙り込んでしまう。

たとえ今、読む人が居なくなっても、それはそれで僕にとってはたいした問題でもない。

書いている僕の今は大事だけど、読んでいる人の今は僕には関係ない。

そこに繋がりを求めるとたぶんつまらない人間になってしまう。

お互い。

逆に、たくさんの人に受け入れてもらおうと、善意にのっかかると、たぶん、僕は駄目になるだろうし、そんなことが出来ていたら、もっと早くにバランスのいい大人になっている筈だ。

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この記事を書いた人

三重県生まれ。現在は給食調理員をしながら両親と3人で暮らしています。趣味の読書と音楽鑑賞に加えて、自分でも様々なものを書いています。

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